飽和する趣味に溺れる、とある奈良県民の徒然趣味日記。

富士登山予行演習のため、京都-滋賀にそびえる比叡山へ

2017年4月30日

 時期は春も過ぎて気候も寒さとは無縁になりつつあったので、そろそろ夏に予定している富士登山の練習を行おうかということで最初の登山予行演習の地に選んだのは、京都府京都市と滋賀県大津市の間にまたがってそびえる、かの延暦寺で有名な比叡山に友人達と一緒に挑戦することに。

 今回の登山の目的はもちろん登山自体に慣れるということもあるけれど、それ以上に使用方法や長所短所も含めた買い揃えておいた登山グッズ類の各種確認、そして何より現時点での自分達の根性と体力がどの程度のモノかしっかりと把握すること。
 特に登山グッズの中でも登山靴についてはしっかりと使用中のフィット感などを確認しておかないと、いざ本番で使用してみて靴擦れなどを起こしてしまったら目も当てられないので……

 富士山登山に挑むメンツは自分も含めて学生時代から運動とはほぼ無縁なインドア上等連中なので、いきなり日本最高峰に挑むのは体力が尽きる以前に心が折れかねないので、まずは自身の現状把握が何より肝要と判断。
 まぁ言ったところで富士山自体は登山口が結構高所にあるため日本最高峰でありながら登山難易度はかなり低めなんでそこまで身構えなくともいいんじゃないかとは思うけど(笑)

登山ルートはJR 比叡山坂本駅から東海自然歩道を経て、目的地は延暦寺を目指して

 今回の比叡山登山のスタートは滋賀県側に設定し、JR 比叡山坂本駅から歩きで東海自然歩道に入って目的地である延暦寺を目指すことに。



 ルートとしては東海自然歩道を南側より登り比叡山を目指し、帰路は紀貫之墓を介するルートでスタート地点となった JR 比叡山坂本駅を目指す形で下山。

 実は出発の時点では帰路は京都側に抜ける形で下山するか、あるいは「長さ日本一」というロープウェイを使い降りるかを迷っていたが、比叡山に紀貫之墓があることをケーブル坂本駅で知ってしまい、急遽このルートを取ることに。正に学生時代から変わらぬ行き当たりばったり精神(笑)

 今回一緒に登山する友人達は倉田さん、ロバートさん、そして frostjapan(ふろぱん) さんの3人で、大学時代からの気心の知れたいつものメンバー達。
 倉田さんとロバートさんは関西圏住まいだがふろぱんさんは静岡からの来訪なので、まずは京都駅で合流してそこから JR 湖西線に乗り比叡山坂本駅を目指す。

 ちなみにふろぱんさんは先日九州は鹿児島の霧島連山にひとりで登山し、結果指の骨を曲げ折るという重傷を負ったばかりでの参加。相変わらずどこか行くと必ず何かやらかさなくては気が済まないタチのようだ(笑)

 比叡山坂本駅から一直線に西へ緩やかな登り坂を行くと、途中京阪坂本駅の手前にある坂本三丁目交差点で日吉神社の鳥居をくぐる。

 さらに進むと日吉大社へ。ここまではひたすら西へ一直線なので迷うことはない。

 東海自然歩道に入るために、まずはケーブル坂本駅を目指すことに。道案内に従って小径に入り南側へと進んでいくと、途中野球少年達がトレーニングしていて元気な声で挨拶してくれた。元・野球少年としてはこのノリは懐かしい……

 小径を抜けたらいきなり凄いところに出た(笑) 道沿いに進んで道路を渡ると目の前がケーブル坂本駅。

 ケーブル坂本駅、到着。ここと山上のケーブル比叡山駅を結ぶロープウェイが長さ日本一とのことで、このケーブル坂本駅自体も登録有形文化財ということもあって一度は乗ってみたくもあったが、今回の目的はあくまで登山の練習のためロープウェイはまた次の機会に。

 駅にあった案内図で現在地と目的地の位置関係をチェック。最近はスマホで地図が見れるが、残念ながらスマホの地図では登山道まで詳しくは調べられないし、何より私はスマホなど持っていない(笑)

 まぁタブレットあるし、スマホは友人が持ってるしね……

 ……で、ここで比叡山に紀貫之の墳墓があると知り、急遽目的地を比叡山経由でこの紀貫之の墳墓とすることに決定。よってルートは自然に京都に抜ける方ではなく、再度比叡山坂本駅を目指すルートに。

 東海自然歩道へ向けてケーブル坂本駅を出発。すでにこの時点から坂道。

 南善坊前の石段。結構急勾配な上に石畳が荒くて疲れる……

 南善坊。今日は人が我々以外誰も居なかった。

 まだ高度はさほどでもないが、ここからでも琵琶湖を見ることができる。

 南善坊を後に、石畳の坂道をさらに登ると……

 ようやく東海自然歩道の入口に到着。こう見えても何と開けたら自動で閉まるメカニカル仕様(笑)

 ここから本格的な登山開始。道も砂利道となり、揃えた登山道具類の真価を図るには絶好のシチュエーション。

 ……とか思ってたら想像以上に荒れた道で少しビビった(笑)

 荒れた道に平均斜度 20% 超の急勾配は登山ビギナーズにはちと虐待じみてる……この時点で既に心折れそう……標高はこの時点で大体 500m 程度っぽい。

 途中、橿那先徳御廟なるものを発見。ただ情報が少なすぎてこれが何なのかはまだ調査中。ネットにもほとんど引っかからず、分かるのは何らかのお墓ということだけ。ふむ……

 さらに先に進む。今日は極めて快晴で日差しが強かったが、自然歩道内は木陰で覆われており快適だったが、それでも暑い。分岐点では小屋があり「慈覚大師御廟」の案内板があるが、向かう先は延暦寺方面なのでスルー。

 ここからは舗装道に。ただ勾配は相変わらずキツ目。

 途中、法然上人を祀る法然堂へ寄り道。

 ここは浄土宗開祖・法然の修行の地とか。

 法然堂の山間からまだ僅かに咲く桜の色がちらほらと。

 この後は舗装道をさらに登る。途中で延暦寺会館を経て、

 ようやく到着、延暦寺。時間はここまでで約2時間、標高は約 670m の距離約 4.2km なので、寄り道をしたもののペースはかなりゆっくり目。まぁ登山初心者でインドア派とくればこんなものか……

 根本中堂は現在改装工事中のため、ここから撮影。桜が満開の時期ならもっと見栄えしたかも。

 延暦寺はさすがにどこも人で溢れており、特に御朱印所は長蛇の列が。

 昼食は一隅会館内にある「鶴喜そば 比叡山店」で門前そばを注文。どんなものかと思いきや、価格に見合わぬ大ボリュームで想像以上に腹一杯になった。観光地でこの価格でこのボリュームとは正直思わなかった……

 食後は根本中堂内部を見学。外観が工事中だったのは残念だが、写真に写る黄色いクレーンが比叡山坂本駅から山頂付近に見えたクレーンだと知り「思えば遠くへ来たもんだ……」と皆で呟く(笑)

 延暦寺の案内を読む。ここら辺は東塔とのこと。時間があれば全部回ってみたいところだが、今回は目的地がある上にここまでゆっくりしていて時間も差し迫っているので、さすがに全部回るのは断念。

 でも、取りあえず近辺の有名所は観て回る。まずは文殊楼。

 ここは谷崎潤一郎の文学で登場した場所とのこと。

 星峯稲荷社。塗装がやけに綺麗だったので、修繕されたばかりなのかも。

 延暦寺で有名と言えばこの「平和の鐘」こと「開運の金」。

 なんと 一打 50 円で平和祈願という破格のリーズナブルさがウリ。

 しかも連打は禁止という厳格な戒律まで記載されてるwww

 まぁ金があれば平和が買えるわけじゃないが、平和を維持しているのは間違いなく金 というのはある意味真理ではある。うん。

 大講堂。大講堂内も見学可能だったが、登山靴を脱ぐのが面倒 で断念。同じ理由で文殊楼内部見学も断念……登山靴は登山道歩くのに特化してるんで履いたり脱いだりはもの凄く手間というのが何となく分かっちゃいたけど発覚。

 うむ、ひとつ勉強になった(笑)

 比叡山延暦寺入口ゲート。バスなどで来た場合はここから入ることになる。何やら拝観料がいるとのことだが、東海自然歩道を歩きで来た場合はどこにもゲートがなかったので拝観料いらないのか……?

最終目的地・紀貫之墓を目指して下山へ

 延暦寺の見学も終えて、ついに帰路へ。

 今回の最終目的地である紀貫之墓へはケーブル延暦寺とケーブル坂本の途中にある「もたて山」という駅で下車していくこともできるようだが、今回はあえて徒歩で登山道を下って目的地を目指す。

 ケーブル延暦寺から見下ろす琵琶湖は壮観のひと言。

 よくよく見ると琵琶湖大橋もきっちり写っている。 E-M1 の解像度すげぇ……

 ケーブル延暦寺の駅内に入り、反対側に紀貫之墓へ続く登山道が。これがまた非常に分かりにくいが、親切な駅員さんが丁寧に教えてくれた。

 停車中のケーブルカー。ケーブルカーって乗ったことほとんどないなそう言えば……

 下りの登山道はまさに大自然。登りの自然歩道はまだ「道」だったが、こっちはもはや道かどうかも定かでない場所もちらほらあり、急斜面というか崖も多くて難易度も危険度もかなり高め。

 道を下っていくと程なくもたて山駅に到着。

 ちょうどケーブルカーが来たので E-M1 で初の連写撮影。何か20枚以上をバシャバシャ連写するんだけどこれ……比べちゃ悪いが、E-510 とは次元が違うなやっぱり(笑)

 もたて山を後に、さらに登山道を下っていく。途中で何やら「ドイツ人 ブルノ・ペッオールド権大僧正の墳墓」なる案内板が……ドイツ人の大僧正とはこれまた奇妙なと思い、寄り道することに。

 ここがブルノ・ペッオールド権大僧正の墳墓。一件普通の石塔だが……

 裏側に日本語とドイツ語で文字が刻まれていた。1862年と言えば日本では江戸末期、桜田門外の変あたりの年代に生まれた人ということか……その後昭和、第二次世界大戦開始直前頃に没となっていることから、そこそこ長生きしたっぽい。

ブルノ・ペッオールド権大僧正の墓を後に再び歩を進めていくと、目的地である紀貫之墓への案内板発見。

 道に迷って無くてよかった……

 延暦寺を出てから時間にして1時間半ぐらいが過ぎて、ようやく紀貫之墓に到着。

 日本人なら恐らく誰もが知るであろう土佐日記の作者・紀貫之の墓がまさかこんなところにあろうとは……まぁ土佐日記自体紀貫之自身が土佐から京に帰還する間の出来事を基に描いたものなので、京都と滋賀にまたがっているここ比叡山に墓があってもおかしくはないが。

 参拝記念の柱がそこらかしこに立ててある。

 霊感なぞ無くても一発で分かる、日常空間とは明らかに異なるパワースポットめいたこの雰囲気。

 慣れない登山でここまでで時間を結構使ったため、帰りを少し急ぐことに。帰路は紀貫之墓を抜けて、坂本方面への案内板に従い下っていくことに。

今回の登山で最も険しい最後の難関を越えて、再び比叡山坂本駅へ

 帰路はこれまで以上に茂みに覆われた深い森林の中になり、道が正しいかどうかを探りながら行くことに。

 もうこれ道がどこにあるか分からないじゃん……

 途中にあった樹木のトンネル。何かト○ロに会えそうな予感がwww

 大自然の中ひたすら道(らしきもの)を下っていくと、ルートが正しかったことを示す人工物を見つけてひと安心。一応他の登山客ともすれ違ってたし、まぁ分かっちゃいたけどね(笑)

 あれだけいつ終わるとも分からない長い長い山道だったのに、案内板には紀貫之墓からたったの 500m 程度という衝撃の事実が。マジですか……

 山間から見える琵琶湖は大分近くなってきた。

 これまで以上に鋭い瓦礫類が転がる悪路を下っていく途中で一度転けてしまい、手の平に軽傷を負ってしまった。念のためなんちゃって自作ファーストエイドキットを持ってきといて良かった……

 やはり 1,000m に満たない軽登山でも緊急事態に備えるのは重要と分かったので、富士登山までにはファーストエイド類をしっかりと揃えておくようにしないと……

 道が舗装道に変わり、ようやく登山道が終わる。というかここ鎖で塞がれている上に看板には「立ち入り禁止」って書いてあるけどいいのか……

 鎖で封鎖された疑惑の登山道を越えると、すぐに民家などが建ち並ぶ文明の世界へ。この時点で時間は大体16時頃。何とか夕方までに帰還できた……

 帰りは行きに見かけた「日吉そば」でちょっと早めの夕食。

 昼は比叡山で門前そばだったが、今度はざるそば。今日はそばづくしだがなかなかいける。

初の登山予行演習でまだまだ課題が山積みと発覚

 取りあえず初となる富士登山予行演習 in 比叡山は一応これにて終了。まぁ体力的には以外といけたが、やはり登り降りの適切な足運びや時間配分、装備類の適切や使用や休憩の取り方など、まだまだ課題は山積みであることが分かっちゃいたけど色々判明(笑)

 本番の富士登山までにまだ時間はあるので、また近いうちに皆で登山練習の機会は取るとして、取りあえず今回の件を教訓に色々見直しを行う必要がありそうだと分かったのが今回の一番の収穫だった。

 取りあえずこの時点で痛感したのは、

  • やはり荷物は軽い方が正義。三脚の持参はもう一度見直す
  • トレッキングポールはあった方が断然良い。登りも降りも全然楽になる
  • 緊急時の装備類はもっとキチンと揃えておく
  • リュック以外に軽量で小物を収納できるサブバッグは便利だが、形状や大きさには要注意
  • ミラーレス一眼といえどもやはり登山では重量物。携行する場合は収納方法を熟慮する

 等々。特にカメラ関係は旅の記録のために必須だが、登山では重量=悪のサイクリングと似た価値観が支配する世界なので、三脚は本当に必要か否か、カメラは持ち運ぶ方法を如何に最適化するかの熟慮がまだまだ足りないと痛感した。

 トレッキングポールに関しては今回は不要と思い購入を見送ったが、途中で拾った金剛杖のような太い木の枝を杖代わりにしてみるとビックリするぐらい足への負担が減ったのが実感できたので、もうこれは確実に購入確定対象になった(笑)

 ただまぁあんまり高いの買っても何なので、色々調べてから購入しようかと……

 何はともあれ、無事に終了した東海自然歩道から行く比叡山登山。明日は仕事なので今日はすぐに帰ってゆっくり休もう……とか思ってたらこの後京都駅で遅くまでカラオケ天国だったwww

 もう若くはないのよぅ……

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